ピリオドのこっちがわ

さまざまな記録と想像

エッセイ

帰る家が無くなってから

20代のはじめに父が亡くなった。 癌だった。 1年間病床に寄り添った母は疲れきっていて、初七日を終えたあとは物も言わなくなった。私がどのように声をかけても悲しみの中から出て来なかった。 わが家の家計を支えていたのは父だったので収入は激減した。…

家でがぶ飲み

家で飲むものと思い浮かべてみると私、やっぱりがぶ飲みメロンクリームソーダしかない。 帰宅する道のりにある自動販売機できんきんに冷えてやがる悪魔的ながぶ飲みメロンクリームソーダの缶を、買う時に感じる多幸感は他ではきっと味わうことができない背徳…

わたしのアイドル

私のアイドルはステージの上で不思議な踊りを踊っている。手足を派手にばたばた動かし、罠にかかった鳥が暴れているかのような、異様なダンスである。はじめてアイドルを見た時、私は彼の顔を恐ろしいと思った。眉間に皺を寄せて、歯をむき出しにして、舌を…

名前は。

いつから名前を呼ばれなくなったんだろう。 恥ずかしいことなのかもしれないけれど、もう随分下の名前で呼ばれていない。生活の中心にある仕事場で呼ばれるのは名字に"さん付け"だったし、時々顔を合わせる友人は愛称で呼んでくれはする。そういった呼ばれ方…

プロメアを見たあとの気持ち

月曜日でもないのに映画を見に行く日はとても楽しみ。 なぜならそれはとても見たい映画がある日だから。 最近だとAlitaを見た時は、月曜日じゃなかったと思うし、それはとてもにこにこしながら見てしまう。 何年も噂だけがあって、ハリウッドで作っていると…

愛について

「愛について書いてもよいよ」と、迂遠な表現でとある方に言っていただいた時(具体的には言われていなかった)、私の中に浮かび上がったのはアンパンマンだった。国民的ヒーローの持つ巨大な愛。それから何故かビートルズだった。想像力についての歌。そし…

アイスを尊敬する

「おれはひどく冷たいやつだぜ」とアイスは言う。「だが、とても甘いぜ」 私はアイスを食べることがとても好きで、子供の頃から一日に3回はキッチンの冷凍庫のドアを開け、アイスが入っていないか確認するのを趣味にしている。お母さんがたまに冷凍食品の下…

あたかも雑誌を買うかのように

久しく雑誌というものを買っていなかったので、新しい知識の扉を開くためにも、ちょっと難しい雑誌を買ってみようと思い、月刊ムーを買ってみることにした。ムーを買う人達は、前世で何かとても重要な役割についていた人が多いように思うので、少しためらい…

感情の意味のなさ

すこし感情的になったあとに、マンタとか、でっかいエイとか、全然感情なさそうな生き物などを思い浮かべ、感情いらないのではないかと思って「私には感情がないんだ」と、感情がない人間のつもりで真顔でつけめん食べたらめちゃめちゃ美味しいのどうする? …

音楽を聴かない日

音楽を聴くのをやめたい、と思った。 以前にも何度か考えたことがある。 会社から家に帰ってくると、必ずyoutubeで音楽を聴きながら文章を書き始める。 そうして、音楽を聴き、文章を書いたあとは布団に入って寝る。 睡眠とお風呂と食事以外の全ての時間を、…

駅のホームに座り続ける

何かが進行している空間の中の、一点にとどまっている事が好きだ。 どうしてそうなのかはよくわからないけれど、子供の頃から町の片隅でじっとしていたいという欲求があった。路地裏から通りを見ていたいとか、見晴らしのいい高台から空と海を眺めていたいと…

母と花

「あの時のあんたは、とても寒そうで震えてたんだ。あたしはなんて馬鹿なことをしたんだろうって、今思うと悲しくて、時々涙が出るんだ」 と母は憂鬱そうな顔で言った。「どう思おうと勝手だけど、私はそのことを覚えていないし、おおむね幸せだったよ」 と…

芸術の手法

つい最近、東京都現代美術館に行った。 そこで出会った作品が強い印象を伴って記憶に焼き付いている。 真っ白な高い壁に、巨大な絨毯が貼り付けてある作品。 絨毯からは目に痛いほど鮮やかな糸が何本も伸び、ひとつの面のようになっていて、床の上に広がり、…

ぜんぜん怖くない金縛りの話し

金縛りという身体症状のことを、知っている人はたくさんいると思う。 寝入りばなや、途中覚醒の際に体が動かなくなる状態のことで、たいてい怖いことが起きる、というやつである。 というか「金縛り」と「怖いこと」はほとんどセットのようにして語られるこ…

怖そうで怖くないすこし怖い話

怖い話を読んだり、怖い映画を見たりするのが好きな人は世の中にいるもので、その中のひとりがNさんであり、その中のもうひとりが私なんだけれども(他にもたくさんいます)、Nさんの家に遊びに行く機会がいつだったかあって、おそらく季節は夏で、私はそ…

名前の無い一日

令和の時代がやってきた夜、布団に入っても眠れない精神の昂ぶりを感じているのは、時間が過ぎていく事に不安を感じているからではなく、自らの意識が万華鏡と化し、きらきらと回転するカラフルなガラス片のあやしい綺麗さの向こうにも、未だ目に映らないけ…

気持ちのまたたき

気持ちというのは明るくなったり暗くなったりするもの。 まるでまっくらな空に浮かぶ星々のまたたきのようなものでございます。 夜の次には朝が来る。やまない雨はない。喉元すぎれば熱さ忘れる。気持ちのお話です。 そんなエモーションの中でも、とびきりび…

これじゃない職人

これじゃない、と思うことが、生活の端々に転がっている。 例えばいつもお昼に食べているファミリーマートのチキンが入ったサラダも、なんだか「これじゃない」味の時があって不思議な感じがする。 野菜が乾いていたり、たまたまあんまりよくない野菜が使わ…

平成の中で

エヴァンゲリオンが拘束具を引きちぎってうぎゃおーと叫んでいたのがなんとなく平成だったような気がしている。モーニング娘。やミニモニ、あるいはプッチモニ、そういうのも平成だった気がするし、シノラーもアムラーも平成だった気がする。プッチンパポペ…

おすすめのグッズは虚無

新生活にオススメできるグッズを考えていた。 最初は"ぬいぐるみ"が良いなあと思った。 男女問わず、ひとたびぬいぐるみを手にすれば心に愛が芽生え、小さきもの弱きものを守ろう、守りたい、守らせてくださいという祈りにも似た感情の奔流に飲み込まれ世界…

大人になっている

夜、町を徘徊している時、あまり心に寂しさがない。 寂しそうで寂しくない少し寂しい夜に、私はいつの間にか大人になっていた。 このことに一瞬とても驚いたけれど、次には「生きていると大人になるものだなあ」と思う。 なんと言えば良いのか、感情が飛び抜…

鳥と魚

水族館で泳ぐ魚を見ていたら、不意に気がついた。「魚は水の中で止まることが出来るな」 胸びれや背びれ尾ひれを振るって彼らは水中を自由に三次元的な軌道で泳ぎ回れるということは世間に広く知られた事実だけれども、かれらが優雅に見えることの正体のひと…

おなかの空白

お腹がぺこぺこぷーになると良くないことが起こりやすい。その最たるものは悲しみと怒りが湧いてくることであると私は思う。ハングリー精神という言葉の根底にある感情は前向きではあっても正の方向には向かっていなかった。要するに、とても単純に羨ましく…

ドリンクめもりある

それは寒い冬のことで、私は喫茶店というものに縁のない生活を送ってきたんだけれども「手が寒い」と思ってドトールに入ってお姉さんの前でメニューをじろじろ見る、そして目についたロイヤルミルクティーを頼んで、ドトールのロイヤルマシーンは「ずごごっ…

父とキッチンと思い出の味

お題「思い出の味」 母はしょっちゅう家から消えておりまして、気がつくと私と父しか家にいないということが、そこそこの頻度で起こったわけなのですが、そうなると困るのが食べるものでして、私は料理が出来ませんので料理の権利を一切放棄しまして、「一日…

天衣無縫 ~完璧な文章~

村上春樹さんによると完璧な文章というものは存在しないようで、かつ完璧な絶望というものも存在しないのだ、ということが幸せです。ありがとうございます、とその時その文章を読んだ私は嬉しくなって笑ってしまってそれから歩き出して、荒川沿いのドラマに…