ピリオドのこっちがわ

さまざまな記録と想像

お花見ファンタジスタ

 高砂さんという人と「お花見に行こう」という話をしていました。
 高砂さんは高校時代の同級生で、今は東京で、スーパーハッカーの仕事をしています。
 スーパーハッカーという仕事が実際に何をやるのか私にはよくわかりませんけれども、高砂さんとは年に一回くらい遊びに行って、二人で町の中をぼうっと歩いたりします。
「お花見と言えば上野だそうだよ、僕の明晰な頭脳によるとね」
 と、高砂さんは言いました。
「上野のあの、桜がたくさん咲いている公園ですね。よかろう」
 と、私は言いました。
「お花見ファンタジスタはおそらく上野を11時ごろに開花させるよ。僕の明晰な頭脳によるとね」
「じゃあ12時に上野駅に集合でどうでしょうか?」
「僕の明晰な頭脳によると、キミがその結論を出すことは分かっていたけれど、それでもちろんいいよ」
 そういうことになった。
 私は念の為テレビをつけてチャンネルをニュース番組に合わせてみる。
 するとちょうど都合よくお花見ファンタジスタがアナウンサーにインタビューされているところだった。
 癖のある黒髪の少年で、なんだか眠そうな顔をしていて白いシャツを着て黒い短パンを履いていた。
「お花見ファンタジスタさん、明日は何時くらいに東京の桜が咲きますか?」
 アナウンサーの人が笑いながらマイクをお花ジスタに向ける。
 するとお花ジスタはやはり眠そうにしながら「うーん、起きるのが10時なので、それからお風呂に入って、朝ごはんはトーストを食べて、それからパキラに水をやらなくちゃいけないし、文鳥の水も取り替えるんです」
 と、面倒臭そうに言うのだ。
 アナウンサーの人はお花ジスタの言葉にいちいちうんうんと頷いてあげて、とても丁寧だった。
 なんてっても彼は桜を咲かせてくれる人なのだから丁重に受け答えしなければならんのであろう。
「それから読みたい本もあるし、学校の宿題もあるし、本当はやりたいゲームもあるし、友達とも遊びたいんだ」
 と、話がどんどん逸れて行ってしまうのだけれど、アナウンサーの人がたくみに軌道修正をして「お花見ファンタジスタさんはとぉても多忙なんですね! 皆さんが綺麗なお花が見られるように、一生懸命がんばっているんです!」と言ってカメラ目線になって口をぎゅっと引き締めたりしている。
「そんな多忙を押して明日もお花見ファンタジスタさんは花を咲かせてくれます! だいたい何時くらいになるか、予想時間をお願いします!」
 再びぐいっとマイクがお花ジスタに向けられ、彼は渋々といった感じで「12時くらい」と答えて、アナウンサーの人はすごく早口で各地の開花時間や天気の模様などを喋って画面はスタジオに帰ったのだった。
 それで私はさすが高砂さんはスーパーハッカーなだけはあるんだと思い、布団に入ると意識が霧散します。

 12時に上野駅に着くと、もうたくさんの人があっちへ行ったりこっちへ行ったり、パトカーのサイレンがうぉんうぉん唸って叫び声やクラクション、子供の鳴き声に拡声器の怒鳴り声、大変な騒ぎです。
 どうやら何か事件が起きているようなのですが、私としては早めに高砂さんと合流したいと思っていたので不忍口からごった返す人の波を泳いでヤマシロヤの前になんとかたどり着きました。
 その時、携帯がぶるぶる震えて、液晶に高砂さんの名前が表示されました。
「僕の明晰な頭脳によれば、キミは今ヤマシロヤの前に着いたばかりで、しかも少しばかり混乱しているはずだ」
「そうです、何か町の様子がおかしいのです、人混みはいつもの倍で、なんだか空気が尖っているのです。お祭り、お花見、そんな具合ではないのです。これはきっと事件ですよ」
「僕の明晰な頭脳によれば、キミがそう言うのは分かっていたから、正しい事実を伝えようと思う。それは事件だよ。かいつまんで言うと、お花見ファンタジスタがボイコットを起こし、桜を咲かせるのをやめてしまったんだ」
「なんですって!? そしたらお花見を楽しみにしていた民衆が暴動を起こして田畑が荒れ、草木は枯れ、失業率が上がり、GDPが低下し、国民の幸福度はすごく下がり、日本は壊滅してしまうじゃないですか!」
「もしボイコットが続くなら一から十までキミの言う通りのことが起きるだろうけれど、そんなことは起きないと断言しよう、僕の明晰な頭脳にかけてね」
「どうしてそんなことが言えるのですか?」
「お花見ファンタジスタは僕と一緒にいるからだ」
 私はあまりの急展開に目眩がしてきましたけれども、その目眩すらどこか他人のもののような気がしました。現実感が薄い。
「彼はお団子を食べながら本を読んでいる。キミももちろん来るだろう? 言わなくてもキミの行動は分かっているよ。僕の明晰な頭脳にかかればね」
 私は高砂さんとお花ジスタの元へ向かいます。

 二人は美術館の前でお団子を食べてのんびりしていました。
 高砂さんは春だというのに真っ黒なパーカーを着てフードを被っていました。
 お花ジスタはテレビに映ったままの格好でしたが、身元を隠すためか野球帽を被って、サングラスをしていました。そうするとまるで外国の少年のように見えました。
 私達は三人でぶらぶら公園を歩きました。お花が咲く予定だったので、露天が出ておりましたので、そこでクレープを買ったり、ジャンボフランクを買ったりしました。
 お花ジスタは寡黙でしたけれども、テレビで見たよりはいきいきして見えました。
 彼も時にはこうしてのんびりしたかったのかもしれないなあと思いました。
 三人で道の脇の縁石に座って一休みしている時、目の前の、花がついていない桜が目に止まりました。
 春だというのに枝ばかりの桜です。
 私はなんだか都合が悪くなって目を逸してしまいました。
 高砂さんはスマートフォンをいじってゲームをしていました。
 そしてお花ジスタは、その場に立ち上がり、ポケットに手を突っ込んだかと思うと、空に向かって何かを投げました。
 それはきらきら光る粉でした。
 粉がかかった桜には、みるみるうちに花が咲きました。
「花を咲かせる気になったんですね!」
 私が言うと、お花ジスタは頭をかいて照れました。
 それから何も言わずにぐいぐい歩いて行くと次々に花を咲かせはじめました。
 時々心無い人がお花ジスタに向かって「おいてめえお花がおせえぞてめえお花てめえ」と言いましたが、高砂さんがスーパーハッカーらしくノートパソコンを使って心無い人の頭を叩いて静かにさせました。
 上野公園はわいわいとなり、みんな楽しくなりました。
 乾杯乾杯と声がして、綺麗だな、綺麗だねと声がしました。
 私達は目黒川に行って同じことをしました。
 たくさんの人が喜んでいました。
 お花ジスタの今日のノルマが終わりを告げたので秋葉原に行きました。
 そこでダイナマイト刑事というゲームを800円使ってクリアしました。
 アキバの町をぶらぶら歩いて遊びました。
 夜も更けてきて、そろそろお開きにしようという雰囲気になった時、お花ジスタはしょんぼりしてしまいました。
「明日も花を咲かせる仕事をしなければいけないし、今日が楽しくったって意味がないや」
 彼はそういうと、地面を蹴るふりをしていじけてしまいました。
 高砂さんはちらりと彼を見ましたが、「僕の明晰な頭脳でも、解決できないことはある」と言ってむっつりしてしまいました。
 私は考えました。
 私も仕事がとても面倒なときはあります。
 というかいつもそうです。
 でも、仕事に行きます。
 それは別に生きるためとかでは無い気がします。
 なんというのか、それは楽しいことがあるからだと思うんです。
 たとえば今日のお花見のようなことが、明日も、その先にもずっとあるのは、ある気がするのは、私が仕事をするからだし、他の誰かも仕事をしてくれるからだと思います。
 私の仕事は誰かの楽しみになっているかもしれないし、誰かの仕事は私の楽しみになっているかもしれない。
 だから働くことは、結局は、楽しいことにつながっています。
「お花見ファンタジスタさん、私は今日、あなたのおかげでとても楽しかったです。だから私も明日、頑張ろうかなと思いました」
 私が言うと、お花ジスタは、はっとした顔になりました。
 それから「楽しいことは好きだよ」と言って、笑いながら消えてしまいました。
 私には、光る粉を花にかけることはできない。
 けれど、かける言葉くらいは持っている。
 高砂さんは私を見て、「キミが解決することは知っていた。僕の明晰な頭脳によればね」と言いました。
 それから手を振って、それぞれの家に帰ります。
 春が来て、それから夏が来ます。
 秋が来ます。そして冬が来ます。
 花が咲くこと、枯れること、時間が止まらないこと。
 そういうことが、私は楽しい気がします。