ピリオドのこっちがわ

さまざまな記録と想像

ドリンクめもりある

 それは寒い冬のことで、私は喫茶店というものに縁のない生活を送ってきたんだけれども「手が寒い」と思ってドトールに入ってお姉さんの前でメニューをじろじろ見る、そして目についたロイヤルミルクティーを頼んで、ドトールのロイヤルマシーンは「ずごごっ、ず、ずざざばばー!」って鳴ってカップに波々の美味いミルクとティーパックが入ってくる、例のあれを椅子に座って一口飲んだ時にはもう、その時には思い出の味みたいにきらっきらに輝いていた。

「朝はモンスターエナジーを飲みます」と後輩の人が言うので、それはきっと元気になりそうだなあと思って私もそれをやってみることにして、ちょっと眠いなあと思いながら会社の自販機で緑と黒のあのエナジードリンクを買ってひとり、カフェテリアで飲んでいると掃除のおじさんたちが「おはようございます」と言って入ってきて挨拶を返す。どこにもモンスターはいないしエナジーもそれほどは感じないけれど、胸の奥底に少しだけ仕事の実感が生まれている。缶をごみ箱に捨てて立ち上がる時、落ち着いてもいない冷静でもない落ち込んでもいない、子供のような心をみつけて、それがモンスターエナジーのつけた小さな火みたいな印象を抱いている。

「今日の晩御飯は何がいい?」
「ポトフ」
 どこか遠くの国のおでんだと言われているこの飲み物及び食べ物の滋味というかコクというかダシを感じる時に思い返すのはやっぱり家のことお母さんのポトフ、そしてクリスマスの日に暖炉のある部屋でテーブルを囲んでワインを並べて壁にはサンタの靴下がかけてあって、ツリーはぎらぎら輝いているみたいな想像上の光景のあたたかな雰囲気と共にほくほくのお芋および人参を食べていると、飾り気のない味が記憶に根を張っていく感じは超有名シェフじゃなくてもよかった。ポトフさえあれば大抵の困難を乗り越えられる気がした。

 友達と海で泳いだあとの遠い日の幻影なんだけれど、故郷にしては珍しく空が快晴で真っ青、青の中の澄んだ青、どこまでも突き抜けてお昼でも星が光っていそうな、そんな日に小麦色に焼けた友達の肌と笑顔としょうもない中のしょうもない話し、シュノーケルと水中眼鏡にはまだ海水が滴って、アスファルトに陽炎、逃げ水はきらきらしてどこまでもずっと嘘のきらめきで綺麗で、虫の声、犬が大きな庭でぐるぐる回ってこっちに向かって走ってきて塀の上から顔を出してうぉんと吠えていた、まだまだ夏休みは終わらなくて、明日は何しようかなって考えながら家の戸を開けると少し部屋は涼しくて、誰もいない我が家はしんと静まり返っていて重厚な食器棚の影、壁にかかった時計は13時22分を指して動き続け、テレビは闇を映している、窓からは桜の木の陰がちらちらと揺れている時、なんとなく私は家の中に死んだ人がいるような気がしている、そういう想像をして自分で少し怖くなる、幽霊がいて、それは見たこともないおじいちゃんで、でも悪い霊ではないと思っていてテレビをつける、とお昼のなんでもないワイドショーが流れていてすべてを忘れてしまって、疲労感とわずかな不安とたくさんの楽しみとがごっちゃになって、よくわからないままに冷蔵庫を覗きホルダーからボトルを取り出してコップにそれを注ぐ。それは子供の頃から少しも変わってない味がする。今でも同じ味がする。夏が毎回同じ夏であるように感じられるように、その麦茶もいつも同じ麦茶である気がしている。からりと乾いた味わいの、諸行無常の味がする。

 

 

 

今週のお題「お気に入りの飲み物」