ピリオドのこっちがわ

さまざまな記録と想像

重版出来!

 ネットカフェに入ってなんとなく手にとった話題の漫画『重版出来!』をぺらりと一ページめくった瞬間に「これは大変なものを読んでしまった」と思った。ページをめくる手が止まらないという感覚、実に久しい。久しいぞ! また私を本気にさせてくれる相手が現れてくれたこと、本当にうれしく思うぞ! 100年の倦怠から呼び覚まされた魔王みたいな気分で、砂漠に迷い込んだ旅人がオアシスにたどり着いた気分で、とにかく絵と文を飲み込まずにはいられない。これが純粋な物語力だった。すっかり忘れていた。物語力というものは私が忘れている間にもきちんとこの世界に存在していて誰かを揺り動かしているのだと思う、その感動は個人的な感情を通り越してある種の私達が認知している世界そのものに接続しているような気になる、それが感動の正体だと私は溢れ出る涙を拭いながらミルクココアを煽り煽り思う、喉が乾いていつもの過呼吸様の症状もばんばん出る(いい本に出会うと私は息が出来なくなって目眩がして吐きそうになって、いちいち本を閉じて深呼吸しなければページをめくれなくなるんです)から、あっという間にわかった。この本は面白い。しかも形容詞は「とてつもなく」だ。

 軽いお話だと思っていた。なんなら4コマ漫画だと思っていた。けれど内容はそんなものではなく物凄く"熱い"創作の、とてもストレートな感情やひねくれた欲望や打算や売上げを心配する気持ちや書けない苦しみや、でも出来上がった時の何物にも代えがたい喜びや、そんな出版に関する想いが詰まった作品だった。作るってこんなに面白いことだったのかということを思い出させてくれた。漫画作家の方がリアルに感じていることだからこその熱があった。そしてその熱は金属を電流が走り抜けるようにして私に伝わった。編集者が主人公の話しではあるけれども、スポットライトが当たる人物はもっと多岐に渡って漫画作家そのものやアシスタント、書店員、印刷所の人と様々で、その全てに"ドラマ"がある。ドラマって面白いんだなと当たり前のことを私は再認識した。日常にドラマは別に無いし(ステーキが美味しい)、テレビドラマも普段は見ない(24は見たい)。最近集中して読んでいたのはエッセイで(大江健三郎さんのエッセイを読んでいるんだけれど難しくて何を書いているのかすぐに忘れてしまう)、重版出来! の前に読んでいたのは『ゆるキャン△』である。だからドラマというものに対する抵抗力みたいなものが薄まっていたことは認める次第だけれども、それでもやっぱり、それだからこそ今の私にぴったりのものを、このタイミングで与えられたということが、至極個人的な体験として、大変うれしかったし、きっとずっと記憶に残る。

 少し疲れていた。
 色々と思い悩むことがあったし、気持ちがとげとげしていたところもある。
 けれどこの漫画を読めたことで、その辺の小学生たちよりも単純なこころを持っている私としては、また信じられる気がした。
 また歩き出せる気がした。
 それだけの力は、間違いなくあった。