ピリオドのこっちがわ

さまざまな記録と想像

おすすめのグッズは虚無

 新生活にオススメできるグッズを考えていた。
 最初は"ぬいぐるみ"が良いなあと思った。
 男女問わず、ひとたびぬいぐるみを手にすれば心に愛が芽生え、小さきもの弱きものを守ろう、守りたい、守らせてくださいという祈りにも似た感情の奔流に飲み込まれ世界は平和になることだろうと思われた。
 ふわふわの熊の頭を撫でながらサッポロ生ビールなどを飲んで野球中継を見たらお父さんからもトゲは抜け、お母さんの腹に巨大なうさぎを縛りつけておけば宿題をしなさいと怒ることもなくなるであろう。東京に出たばかりの少女にはなんとなくテナガザルのぬいぐるみが似合うと思うし、肉体労働に明け暮れるバンドマン志望の青年には大きなわにをプレゼントしたい。囲碁にゆくおじいさんのポケットからはハリネズミが顔を出し、縁側でお茶を飲むおばあさんの傍らには孫くらいの大きさのキングコブラがいると大変よい。
 そうしてみんなぬいぐるみと友達になって、撫でたり話しかけたりしたら新生活、とてもよいではないかと思ったけれども、ぬいぐるみ、考えれば考えるほど良すぎる。
 それは幾ばくか良すぎるがために、いささか感情の動きが多くなってしまうかもしれない。
 私の家にはペンギンが何羽か住んでいるが、彼らを手に持つとどうしても遊んでしまうのだ。
 地面に立っている状態から空中で二回転した後にゆっくりと着地する……ということを繰り返しているペンギンに、もう一羽が邪魔をしてきて空中で二羽はぶつかり、背中から床に落ちて体を痛くして泣いてしまう……そんなことを真顔で続けることになってしまう。これはよくないかもしれない。

 そこで考え出されたのが無を得る道具。つまりおすすめグッズは虚無だった。
 使い道の思いつかない道具と言えば芸術作品各種であるけれども、それは上述の通り感情の動きが多くなりすぎる可能性があるためここでは除外して、であるならば実用品がよいと考えた。普段は使うことがない実用品と言えば、例えばデレッキ(ごみを挟む大きなはさみみたいな道具)や、発電機(電気をつくる道具)もよいと思うが、手軽に買えて場所を取らないものをひとつ思いつく。数取器である。
 数取器と書くとなんだか見慣れない言葉で恐ろしく感じるけれども、交通量調査の人が持っているカウンターのことで、なぜか百均にも売っているし、この間、私の家の本棚の奥の雑貨が入っている箱の中からも出てきたくらいありふれた道具である。
 いつ買ったのか、なぜ買ったのかすらも覚えていないけれど、捨てるのもしのびないのでパッケージを破って取り出し、あの銀色のボタンをカチ……カチ……と押してみると意外に心地よい。銀色のボタンはゆっくりと沈み込み臨界点を超えると「カチリ」と響き、数字がひとつ増える。カチカチと二回押すと、驚くことに数字が二つ増える。とても単純明快で素直な道具だ。パソコンのように危険ではないし、バイクのように危険でもないし、チョコレートのように危険でもない。ただボタンを押すたびに数字が増えてゆくというのは、どこまでも安心で、どこまでも無意味で嬉しい。
 121になったので黒いツマミをぐるっと回す。
 すると数字は1111になる。更に回すと2222だ。すごい、まるで太陽が上るみたいに数が押し寄せてくる! 3333、4444、もう止まらない。世界は今始まるんだ。5555、6666、7777、星が生まれる。新しい銀河が。8888、9999、神はその瞬間を見ている、私の手で宇宙を作り直すのだ――0000。
「カチリ」
 1。
 あたらしい生活がはじまったね。

 

 

 

今週のお題「新生活おすすめグッズ」