ピリオドのこっちがわ

さまざまな記録と想像

ゴーレムくん

 仲の良かった後輩の方が「僕は地球上で一番えらい人間になるので」と言って会社を辞めてから3週間が過ぎた頃、どうやら新人が入ってくるようだぞと風が囁いており、人員の不足は以前から私達の業務的な負担を増加させるばかりだったので、なるべく意識を現実に繋ぎ止めず、綿菓子よりもなお軽く、ヘリウムガスのようにして保身を図っていた私は、きたいでむねを膨らませた。(きたいで)

 ある日、直属の上司であるところのモヒカン先輩(頭のサイドを剃り上げている先輩だ)が、私の作業机の隣にちょんと座り「もう知っているかもしれないけれど今日から新しい人が来るので、志々見さん、仲良くしてあげて」と言って、口元にほのかな笑みを浮かべた。モヒカンらしからぬ優しさだと言えないでもないけれど、人は見かけによらないものでもある。

 そして部長に連れられて部屋に入ってきたのが、ゴーレムくんだった。四角い顔、四角い体、四角い足、全身を構築している硬そうなレンガは、彼が一歩足を踏み降ろすたびにぱらぱらと粉を降らせた。また巨大な体を有しているがために、歩行の際には地面がみちりみちりと揺れた。とんでもない大型新人がやってきたぞ、と私達はどよめいた。中でもハートブレイクを隠せなかったのは愛田先輩で、彼は部内で一番背が高いことを、ちょっと自慢に思いたい節があったから、自分より大きなゴーレムくんが現れた時、はっと息を飲んで顔をそむけてしまった。

 ゴーレムくんを紹介する部長の隣で、彼は巨大な銅像のように静まり返っていた。私達は部長の話しなど完全に聞き逃してしまい、結局ゴーレムくんが何者なのかはよくわからなかったのだけれども、与えられた椅子に腰掛けてなお物言わぬ大仏像のようにうっそりと背を伸ばしている彼は、新人離れした度胸がある、というよりかは、ちょっとゴーレムなんじゃないかと思わせる異様な気配を放ってもいる。部内で一番勇気があると思われたい節のある愛田先輩が、先手必勝とばかりにゴーレムくんに近寄り、おおきな尻でゴーレムくんを押しのけて椅子を奪い「わるいな、この椅子は一人用なんだ」と小さなことを言った。

 そのようにしてゴーレムくんは置物のようになってしまったのだけれども、そのままにしておけない役割を担った者が一人おり、それはモヒカン先輩に仲良しミッションを授けられた私だったので、ことあるごとにゴーレムくんにおせっかいを焼き、業務の内容をわかりやすくまとめたプリントなどを作ってみたり、国民的な人気のある青いロボットの絵を描いて彼の前に無言で置いてみたり、昼食に誘ってみたり、雑談を持ちかけてみたりしたのだけれども、もともと私は本当に地蔵になりたかった種類の寡黙的人間であるから、コミュニケイションのションの字も知らない自分にゴーレムくんが心を開いてくれるはずないよね、としょんぼりしたのち、それでも何か雑談をしようと思って笑いながら「おいウドの大木、私が親切にしているのは、あんたのためじゃないんだからね」と口に出してからハッとして両手で口を抑えてしまう。思わず本音が全部漏れてしまっていたので、辞表を書くためにコピー用紙と筆ペンを用意している時、ゴーレムくんが笑っているのに気がついた。

 彼は笑いながら言った。
「先輩、そんなにころころキャラ変えて、疲れないですか?」

 たった一言で心が乱れた。何もせずにぬぼぉっとしていた彼は、しっかり周囲を観察していたのだ。その上、立場上の先輩である私に、こうも堂々と皮肉を言ってくるとは思ってもみず、只者ではないのではないのかと思い「あなたは一体、何者?」と聞こうとしたのだけれども、口が滑ってしまい「生きていることを後悔させてやるぞ」と言っていた。
 ゴーレムくんは体から砂をぱらぱらと落としながら、ゆっくりと体を震わせつつ、「変な人だなあ」と言った。あんたに言われたくないのだけれどな、と強く思ったけれども、仲良しミッションがあるので自重した。