ピリオドのこっちがわ

さまざまな記録と想像

旅行記:湯河原ひとり旅編

 本当は家の鍵も置いていきたかった。

 荷物をまとめ(本と財布と下着と)、謎の理論すら築き上げ、心身ともに旅行の準備ができている。
 本末転倒ながら行き先を決めたい。
 こんな時、インターネットはとても無力だった。
「志々見が行きたい場所」と検索してみても、的はずれな答えしか教えてくれない。
 だから見たことがない場所、行ったことがない場所を思い浮かべてみる。
 それはたとえば氷原の広がる南極大陸だったし、モンゴルの大草原だった。
 マダガスカルのジャングルの、山奥の洞窟の地下の、青く光る地底湖だった。
 原色の花で埋め尽くされた大地と、空に浮かぶ二つの月と、石の力で空を飛ぶお城のある場所だった。くず鉄町でもよいし、銀座にそびえる崑崙、浅草の九龍城、渋谷のミステリーサークル。
 どんな場所でもいいのだ。
 旅行において私は私をすごく信頼していて、過信している。
 どこで何をしていても楽しみをみつけることができるか、楽しまないことをすることができると思う。
 どこで、何をしても、ということは、旅をする必要すらなくて、非日常を日常にする思考だから、それはつまり生活でしかない。旅は生活の延長線上にあり、生活はやはり旅の延長線上にある。私の家は私のいるところだし、家の中でも旅をしている。
 などと大層なことをさ、練りに練って結局は湯河原という場所に行くことにした。ユガワラ。どうやら温泉で有名な場所らしい。"世間知らずの高枕"を座右の銘にしてしまうほど無知の知を地でゆく私は、湯河原がどんな場所なのか全然知らない。
 湯河原のお宿は高くもなく(私にとっては高かったけれども)安くもなく、それでいて侘び寂びのありそうなよい感じにひなびている事が多くて、それはインターネットで調べた結果なんだけれども、最近の私の趣味に合致していた。
 寝て起きて早朝、すかすかのすかに晴れた空の下、電車に飛び乗った。

 そう思っていなければ、人生をうまく切り抜けられない瞬間があったからなんだろう。
 先天的な考え方ではなく、灰のように降り積もった我慢が層を成して、ある程度の退屈などを吸収するようになったのかもしれない。
 あるいは目を逸し続ける能力が高くなってしまったからか、ぼうっとしていることも多く、物忘れの頻度も高いから、感じないということの利点を(ずるく)自覚するようになったというだけのことなのかもしれない。
 ひとり旅といえば物思い。
 物思いといえば鈍行の電車の窓に映るのほほん田舎の光景。
 トンネルを抜けると窓の外いっぱいに青い空と、空と全く同じ色をした海が広がった。
 私は感覚的にとても美しいと思ったし、同時に恐ろしいとも思った。巨大な青の中に落ちていきそうだった。おそらくその時、実際に電車は少し傾いていて、大地が見えない角度になっていて、平衡感覚が一時的におかしくなってしまったんだと思う。びっくりして目を見開いて両足を床に突っ張って落ちないように耐えてしまった。詩的な体験もなにもあったものではない。現実的な驚異の前に言葉に力はあらない。木が生えて家が建っている大地が見えてきて胸なでおろし、足を突っ張っている人は他にだれもいないことをこっそり確認してなかったことにする。

 湯河原の駅に着いて、駅前の自動販売機でアイスを食べた。ジャンボモナカのチョコ味のやつだった。旅先で食べる物なのかどうか、いまいちよく分からなかったけれど、どこで食べても美味しいであろうアイスの優しさはちょっと底が知れなかった。
 チェックインまで時間があったので、グーグルマップを頼りに海まで歩く。
 高台にある湯河原駅から坂道を降りていき住宅街を通り抜ける。街のどの景色を切り取っても懐かしい雰囲気がする。春の陽射しが余計に街をのどかに、安心に見せている。騒がしさはまったくないのに、寂しさもない。くすんだポストも、錆びたカーヴミラーも、腕まくりした郵便配達の人も、草のつたった住宅のベランダに吊るしてあるセンタクバサミ集合体も、どれも、これも、町を包んでいるオーラがすでに、やさしいおばあちゃんみたいだった。こんな街に住んでみたい。文人や画家にゆかりがあるそうだけれども、それも分かる気がする。毒がなくて、何故か不思議で、ほんのちょっと演技をしているようでもあり、ひたすらのんびりしている町。
 海からは真鶴岬が見えた。よく知られている有名な名勝地らしい。岬の先端には、三ツ石と呼ばれる尖った三つの岩が飛び出ている。おそらく何かのフラグが立ったあとに、三ツ石まで進むことができる砂の道が現れ、そこでボス(あとで仲間になる)と戦うことになるのだと思う。今はまだ何のイベントも終えていないので、階段状になった防波堤のようなところでケン・リュウ『紙の動物園』を読んでいたら、眼の前に釣り竿をぶら下げた赤ら顔のおじさんが現れ、
「よし、思い切ってここにするか」とおちゃめなひとりごとを述べた。

 おじさんはなぜか私の横にクーラーボックスや撒き餌のバケツなどを並べはじめた。
 スペースは他にもたくさんあって、広いのに、釣り人があと100人来てもこんなに近くに物を置くことにはならないだろうという近さだった。
 なにかリアクションするべきだったのだろうか、今でもよくわからない。
 邪魔なのかなと思ってその場を後にした。
 もしかしておじさんに話しかければよかったのだろうか。
「おじさん、この辺では何が釣れるんですか」
「観光客」

 バスを乗り継いで、今晩の宿がある奥湯河原という山の中へ向う。

 前の席に座った二人組のおねいさん達が何か騒がしく話している。大きなビニール袋をぶら下げていたので、何か早々にお土産を購入したのに違いない、きっと宿で食べるのだ、と思ってよく見てみたら大量の缶チューハイが透けて見えた。楽しい夜になるのだろうなあと思うと、すこしばかり昔のことも思い出しけり。ジブリのあの映画の加藤登紀子さんの歌みたいな気持ち、わかりみが深い。

 バス停から徒歩1分で、築80年の宿に到着する。外観は古めかしく重厚だった。まるで純文学の古典のような、雰囲気が、おそらく文人を惹きつけたのだろうし、それが今、合理的に遺されているんだろう。◯◯様御一行と書かれた札が卒塔婆のように何枚も立っていてアナクロでおごそかで可愛らしい。広い玄関に入ると背広を着た係の人に靴を奪われ、番号を書いた券を渡され、順番が来るまで座っていてくださいと案内された場所には背広を着たおじいさんの集団がわちゃわちゃしていて、真っ黒なソファーに腰掛けて渋い会話を繰り広げている。すみっこでケン・リュウ『紙の動物園』を読んだ。
 名前を呼ばれたので受付に向かった。受付のおじさんはすごく真面目な顔をして、
「志々見さまは、ゆったり一人旅プランでよろしかったでしょうか?」
 こたえはイエスなんだけれども。
 それはそうなんだけれども。
 旅気分というか、風情みたいなものを一撃で破壊する力を持った言葉だなあと思って笑ってしまった。
 ゆったり一人旅プランがお似合いだった。
 それはむしろ本当にぴったりに思えてくる。

 案内係のおじさんについて行き、長い廊下を右へ左へと曲がり、階段を4つも上り下りして、増改築を繰り返したダンジョンみたいな通路を歩いていく。床は磨かれた板張りで、窓には障子がついている。天井に吊るしてあるのは笠のついたオレンジ色の電球で味がある。通路をよく見て歩きたかったんだけれど、おじさんがマイペースにすたすた歩いて行ってしまうので、ついていくので精一杯であった。
 通されたのは『白竜の間』というかっこいい名前の部屋だった。
 なんだかボスになったような気分になった。
 8畳の和室のボスだった。すごく弱そうだった。さっそく浴衣に着替えて花が描いてある掛け軸の裏をのぞき、旅館案内を読んだ。旅館案内には『飲み物の持ち込みは有料です』と書いてあった。私は何かすごく大事なことを忘れている気がしたけれど思い出せなかった。それから広縁の窓を開けた。
 でっかい山が見えた。すごく緑だ。様々な木が鬱蒼と密集してわさわさの葉っぱが山を覆っていた。いいなあと思って外を眺めているとスズメバチが寄ってきたので急いで窓を閉めた。それから色あせたソファーに座ってケン・リュウの『紙の動物園』を読んだ。
 広縁は太陽が当たるので、すごくぽかぽかした。
 気がつくと寝ていた。

 がばと跳ね起きて時計を確認すると16時前だった。
 急いで服を着替えて迷いながらダンジョンを抜けて受付に「外に出たいんですけども」と言って部屋の鍵を預けた。
 番号札を出して係の人に靴を返してもらってもりもり歩いた。
 宿のすぐ近くに『もみじの郷』という景色のよい山道があって、登ってみたかったのである。
 40分ほど登ってから「日が暮れたら死んでしまう」と気づき、引き返した。
 受付で鍵をもらって白竜の間に戻り浴衣に着替え、ケン・リュウの『紙の動物園』を読みながら畳に寝転がった。
 いつのまにか寝ていた。

 温泉に入らなければならない、という使命感で目覚めた。急いでバスタオルとフェイスタオルを持ってダンジョンを抜け温泉に向かった。この頃になるともうダンジョンにはすっかり慣れてしまい、窓にはめられた障子を開けて外を見たり(山だった)、非常口を開けて外の様子を見たり(山だった)した。

 温泉は誰も人がいなくて快適だった。洗い場が8つほどあって、シャワーのお湯もちゃんと勢い良く出た。全体的に石の感じが、時代を感じさせたけれども、汚い感じではなくて安心する。あまりに人が入ってこないので少し泳いでしまう。内風呂であったまったあとは、再び浴衣を着て、露天風呂に行った。細い滝を見ながら湯に浸かった。露天風呂のお湯はところどころめちゃめちゃ熱くなって罠みたいだった。空や、山や、滝を見て熱せられている内に、完全な無を得た。完全な無。侘び寂びの確信みたいなものをぎっちりキャッチして堪能したあとの、まったく何も感じない感じ。目の焦点も合わない感じ。一秒先の未来も気にならない感じ。今ちょっと死んでいるなあと思う。

 体を拭いて浴衣を着てダンジョンを抜けて白竜の間に戻った。そして真っ暗になった外を眺めながらケン・リュウの『紙の動物園』を読んでいると部屋のドアがノックされる。鍵を開けると「お夕食をお持ちしました」という係の人が現れた。私は広縁の障子の後ろの邪魔にならない場所に隠れた。お話をするつもりは毛頭なかった。きっと係の人も話しかけられすぎて飽きちゃったんじゃないかと思ったし、仕事をじろじろ見られるのも嫌だろうと思い、なるべくケン・リュウの『紙の動物園』ばかり見ていた。気取った白竜に見られたかもしれない。どうして糸ミミズの間に通してくれなかったのだろう? と思っても仕方ないので「この小説、マジマジのマジでおもしろ卍っ」という顔をしているうちに係の人はお食事を並べ終え、「お料理の説明をさせて頂いてよろしいでしょうか?」とすごく親切なことを言う。「はい」とつぶやき、私はテーブルの横に正座して係の人が「これは豆を煮たやつです」とか「これは茶碗蒸しです」とか「これは火が勝手に消える燃焼剤です」とか言うのをうなずきながら聞いていた。ひとりきりでビュッフェに行くのがやだなあと思ったので部屋食にしてもらったのだけれど、まさかこんな展開になるとは思わなかった。美味しそうですねとか、この豆はどこのですかとか、そういうのを聞いたほうがいいのかなあと忖度しているうちに係の人はふわあっといなくなっており、私はすごく豪華なご飯をむしゃむしゃ食べていた。
 不思議と全く寂しくなかった。
 悲しくもなかったし、孤独でもなかった。
 誰かがいてくれたらなあとか、そんなことを一切考えなかった。
 もしかして私は本当に死んでいるんじゃないかと思った。
 それはこの旅行の根底にある考え方だった。

 係のおじさんが布団を敷きにきてくれた。
 布団を敷く係というのもよくわからないけれど、それはなんだかユーモラスな係であるように思われた。
 床を大きなハネアリのような虫が歩いていて、気づいた私がティッシュで取ろうとすると、おじさんも気づいていて「なんかのこのこ歩いてる」と言ってティッシュで倒してくれた。なんだかその言い方や、のんびりした自然なふるまいは、とても好感が持てた。
 おじさんの敷いてくれた布団に横になってケン・リュウの『紙の動物園』を読んでいる間に眠っていた。

 子供の泣き声が聞こえている。
 ずっとずっと泣いている。壁なんかないみたいに、すぐ近くで激しく泣いている。
 私は眠かったので無視していた。
 何人かの足音が聞こえる。
 座敷や通路を騒がしく走り回っている。
 それから不意に森の奥のような静寂がやってくる。
 生き物が呼吸もせずに眠っているような、うるさいくらいの静寂だ。
 遠くから子守唄が聞こえてきた。
 聞いたことがない歌だった。
 でもそれは子守唄だと私には分かった。

 起きると、時刻は零時を回っていた。
 部屋を出て音がしないように鍵をした。
 どれだけ気をつけてもスリッパはずるぺたずるぺた音がした。
 オレンジ色の室内灯は薄暗くて通路の隅にもわもわした陰が出来た。
 窓の外は真っ暗だった。
 木の床はぬるりと光っている。
 よそよそしくなった通路を歩いて温泉に向かった。
 温泉のトイレのドアが開きっぱなしになっていた。
 怖かったので見ないようにしていたけれど、あまりに怖いので結局閉めた。
 温泉は、またがらんとしていた。
 浴槽に寄りかかってぼうっとしていると、窓の外の小川をまたぐ赤い橋を誰かが横切った気がした。そこは時間によって通行止めになっている場所で、もちろん零時に人がいるはずがない場所だった。
「あかん」と私は思った。「これは、あかん」
 急いでYUIの『CHE.R.RY』のサビの部分を高らかに歌いつつ温泉を出て適当に体を拭いてほとんど濡れたままで浴衣を羽織って通路を早足で通り過ぎた。
 白竜の間に戻ってテレビをつけて照明を消さずに布団に潜った。
 白竜は布団の中で怯えながら眠っている。

 起きて、係の人が持ってきてくれた朝食を食べた。おいしかった。
 チェックアウトをして宿を出た。
 バスに乗って美術館を訪れた。よい美術館だった。画家のアトリエも見ることができた。絵の具のよい匂いがした。色が洪水になっていた。絵を描きたくなった。紙袋の中から面白い顔の猫が覗いている彫刻の作品があって、大変かわいらしく、作家の方に「これはすごくおもしろいです」と伝えたくなった。
 バスに乗って駅に向かった。電車に乗って東京に向かう間、ずっと寝ていた。
 新宿で降りて、ジャズクラブに向かった。
 ジャズを聞きながら私のどこか一部はちゃんと死んだのだろうかと自問した。
 死んで、代謝して、ちゃんと生き返っただろうか?
 明確なものは何も手に入れてはいなかった。
 楽しかった。けれどもそれは湯河原が楽しかったわけではないと思う。
 見て、聞いて、分かった。けれどもそれは、いつかどこかで感じた心の類似でしかないようだった。
 一番よいなあと思ったのは、広縁でぽかぽかしながら本を読めたことだ。
 それは本当に、生活の一部だった。
 ヴィブラフォンがるーんるーんと美しい音で震えている、ドラムがはじけている、ピアノが階段を駆け上がっていく、ベースがいつまでも思考をこじらせている。
 ジャズクラブを出て濃厚な煮干しダシのつけめんを食べる。
 紀伊国屋で新しい本を眺める。
 人と人とがすれ違う。
 たくさんの足音が座敷を駆け回る。南極に花が咲く。
 クラクションが鳴り響く。
 私は、私が今住んでいる家に向かうことにする。
 子守唄はもう聞こえない。
 滑稽な旅はまだ続いている。おねいさん達は手数料を払ったのだろうか?
 電車の吊革につかまって、片手でケン・リュウの『紙の動物園』を読んでいる。
 読み始めるたびに、わくわくしている。

 かばんから、家の鍵を出す時、やっぱりすこし安心している。