ピリオドのこっちがわ

さまざまな記録と想像

釣り堀で考えたお話

 ジェントルマンの先輩と、釣り堀で鯉を釣っている。
 とてもほそっこい釣り竿に黄色い糸がついていて、黄色い糸は途中から透明な糸になり、透明な糸の先にはカラフルな鉛筆みたいなウキがついていて、ウキの先には黒い釣り針がついている。
 釣り針に変な色の練り餌をつけ、ダークグリーンの池にぽちゃと落とす。
 しばらくするとウキがつんつん水面に潜る。
「それは鯉が餌を口に入れたり、出したりしているのだね、君」とジェントル先輩は言う。
 それがどういう状態なのかよく分からなかったけれど、釣り餌ではなく、なぜか私達の目の前によって来たばかでかい鯉達と遊んでいたらよくわかった。
 鯉は例によって口をぱくぱくさせている。なぜぱくぱくさせているのかはよくわからないけれど、そういうことをするのが鯉は好きだ。水面近くをうろうろしながらぱくぱくしている鯉は、どう考えても「たべものをくれ」と言っているようだったから、私は鯉の口めがけて釣り針をそっと落とした。眼の前に鯉の口が見えているんだから必ず釣れると思ったのである。
「それは邪道というものだね、君」とジェントル先輩は言った。
 はたして鯉は、私の垂らしたエサ付きの釣り針を口に入れた。しかし彼らはぱくぱくしているから、口からエサがぼはっぼはっと吐き出されてしまうのだ。食べたいのか食べたくないのかよくわからない光景だったけれど、少なくともなぜウキがつんつんするのかはなんとなくわかることができる。
 と、私が鯉の研究をしている間に、ジェントル先輩は鯉を6匹も釣り上げた。
「なあに、大したことはない! ぼかぁ子供の頃、田舎に住んでいたから、少しばかり経験があっただけなのだ。君もすぐに釣れるさ」
 全然釣れなかった。それどころか、プラスチックのお皿に入っている練り餌をぬすびとの鳩が食べてしまったり、はたらき者の蟻が運んでいったりして、どんどん餌がなくなってきた。その上私は餌をつけるのが未熟なので、ぽろぽろ針から剥がれてしまい、落ちた餌を食べるために目の前に鯉が待機するようになった。待機している鯉は、ちょっと普通ではないくらい勇気と度胸があり、手を伸ばせば頭をなでたりすることもできるし、触ってもわりと平気そうな顔をしていて、一体釣りとは何なのか、深く考えざるをえなかった。この魚とは思えないような人懐っこい鯉たちは、どちらかというと獲物というよりは友達のようなのだ。それを釣るというのは、なんなのだろうか。なんだか理不尽なことをしている気がする。

 子供用に続きを書くけれど、私は自らの手で釣り竿をへし折り、練り餌を池に放り込んだ。
「ジェントル先輩、私はこんなのは間違っていると思います。まるで無害な子羊をかたっぱしから張り倒しているような所業です!」
「君……そうか、そうかもしれないな。私は大事なことを忘れていたよ」
 ジェントル先輩は笑顔で釣り竿をへし折り、練り餌を鳩に差し出した。そしてスーツを脱ぎ、イルカのように跳躍して池に飛び込んだのだ。
「私達はみな、宇宙船地球号の乗組員! 上も下も無いよなあ! さあみんな、友達になろう!」
 ジェントル先輩は立ち泳ぎをしながら両手を広げ、バンザイをする人のようなかっこうで宣言をした。
 それを聞いた釣り人たちは、こぞって服を脱ぎ、次々に池に飛び込み、生きものはみんな友達なんだ! と笑顔で叫ぶのだった。
 そして世界は平和になり、戦争がなくなり、人類はゆっくりと動物に戻っていった。
 めでたし! めでたし!

 大人用に続きを書くけれど、
「そろそろ陽射しが強くなってきたようだ。君が釣れたら帰ることにしよう」
 ジェントル先輩に気を使わせてしまったので、私は頑張って一匹は釣ろうと思い直した。
 ウキをじっと見ていると、つんつんと小さなあたりがきた。
 しかしそれは、いつまで経ってもつんつんのままで、ずぼっと潜ったりはしなかった。
 私はつんつんを見続けた。
 そのうち、つんつんに規則があることを発見した。
 それはまるで人為的な信号のように見える。
 いやそうではない、それは信号そのものだ。
 暗い池の中で、何かが私にモールス信号を送っている。
「ワタシハ、コノツリボリノ、ヌシデス」
 私は偶然にもモールス信号を全部暗記していたのでそれを解読することができた。
「ワタシタチハ、イママデ、クチノウゴキデ、ツラナイデクダサイト、ツタエテキタ」
 鯉が口をぱくぱくさせていた正体がわかって、私は納得した。
「シカシ、オロカナニンゲンハ、ツルノヲヤメナイカラ、ワタシタチハ、フクシュウヲシマス」
 私は震え上がった。しかし、復讐といって鯉に何ができるのだろうか?
 じっと見ていると、突然池の真ん中の水が山のように盛り上がり、大波の間から巨大な龍が姿を現した。
 昔の人が考えた通り、鯉は龍になるのだ!
 龍は口をぱくぱくさせたあと、真っ白い破壊光線を吐き出し、それを浴びた釣り人たちは蒸発してしまう。
「はじまったようだな……」
 ジェントル先輩は悲しげな顔でつぶやく。
「もしかして、こうなることをジェントル先輩は知っていたのですか?」
 私はジェントル先輩の襟首をつかんで揺さぶった。
「ぼかぁ子供の頃、川で釣りをしているとき、ウキのつんつんがモールス信号であることに気がついたことがある。夢かと思ったがね、何度も目にして、さかな達のつらい気持ちを知ったのさ」
「どうして、どうしてさかなの復讐を止めなかったんです」
「それは私がジェントルマンだからさ。ジェントルマンは、フェアでなくてはならない。私達は食べない魚を釣った。だから今度は、魚達が人間たちを釣る番だと思ったのさ」
「そんな、それではたくさんの人間達が!」
 私が言うと、ジェントル先輩は奇妙に震えだす。
 そしてある時を境に、どろんと濁った目になってしまう。
「そうだ、そう、人間は、ニンゲンハ、サカナノ、」
 次第にジェントル先輩の体がぬめぬめとしてきて、異臭が漂いはじめる。
「ニンゲンハ、サカナノ、エサダ、サカナノエサダ」
 ジェントル先輩の皮膚は鱗で覆われ、背びれがぶるぶると震えた。手には水かきが現れ、口は耳まで裂けて、ぱくぱくと無機質に開閉している。
「ニンゲンハサカナノエサダ!」
 ジェントル先輩がバンザイをしたようなかっこうで宣言をすると、半魚人たちが一斉に背びれを震わせた。それはまるで世界の終わりを告げるような、不吉な音だった。
 残った人間たちは、半魚人達が作ったいけすに放り込まれた。
 そして私達人間は、エサが降ってくるのを、ただ待っているばかりだ。
 おしまい、おしまい。